大切なこと続き

人間は死んだらどうなるのか❓


人が死ぬと、その瞬間、体はスッと楽になります

そして肉体と霊は完全に分離された状態になります

肉体は死んだその場所に横たわったままですが霊は肉体から離れて生前親しくしていただいた方々を訪ねて回ります


今世のおわかれの挨拶をしに行くのです


1人1人に話しかけたり肩をたたいたりします、しかし声を出すことは出来ません


死後の世界はパッと明るい世界ではありません


どんよりとしたなま暖かい雰囲気でおまんじゅうのような赤土の低い山がどこまでもどこまでも果てしなく続いています


誰もいない部屋に1人で長い間置いておかれると気が狂いそうになると言いますが、霊界には人気がなくまさに1人ぼっちの気が狂いそうになるほどに寂しい世界なのです


そのような世界だからこそ、霊の世界から一刻も早く脱出させてあげるために背を押してあげなければならないのです

(仏の道へ早く行きなさい、早く成仏して得度をして再びこの世に戻っていらっしゃい

と)

呼びかけて力を与えてやる。

これが供養であり、生きている人の務めだと思うのです


人によっては何千年も帰ってこれない人もありますし何十年で帰って来られる人もいます

私たちの供養によって、この世に早く帰ってくるように働きかけてやらなければならないのです

この世に早く戻る為にも、生きている間に人に施し、親切な気持ちを持ち

人間としてなすべき道を正しく、一生懸命にいきることがとても大切です


私達がこの世でしている毎日の歩みは、来世の自分の生き方を形成しているようなものです


日常生活の一つひとつの行為が来世を決定づけるのです

不公平ということはないのです


(因果応報)という仏様の言葉を私は霊によって教えられています

大切なこと

(. 幸せを招く先祖霊の祀り方 宜保愛子より )文を抜粋して書いてます


死者の冥福を祈る先祖供養の意味


供養という言葉はもともと梵語からできたもので供給資養の意味だと解釈されています


つまり、食べ物、飲み物、衣服、花などを父母、師長、死者に捧げるということです


なぜ、成仏していない仏様が人に頼ってくるのでしょう


それは死後の世界というものが、私たちがこの現生で想像している以上に苦しみに満ちており、彼らはその中でもがいているからです


成仏していない仏様、つまり不成仏霊のいる世界はどろ沼です

彼らはこの状態体に一刻も早く脱出したいと渇望しているのです


だからこそ不成仏霊は多少の顔見知りであってもそばを通りかかったとみるや、パッとしがみつくのです

その人によって早く引っ張り上げてもらわなければ何百年何千年という長い年月を苦悩の泥沼のなかでもがきながら助けを求めるなければならなくなるからです


引っ張り上げてやることが供養することであり、それは得度させ、現生に再び生まれて来ることを手助けするということなのです

助けを求めてくる不成仏霊を拒否して供養してあげないとすれば、その仏様はあまりにも可哀想です

苦悩の淵に何千年も放置されることになるのです


人間の力ではどうすることも出来ないということがこの世には沢山あります

亡くなった人たちにはこころからの愛情を持って供養したいものです


毎朝毎晩仏壇の扉を空けて

(おはようございます)

と声をかけてやること

(今日はこんないいことがあったのよ)


と報告すること

珍しいものが届いたら

(今日は静岡から新茶が届いたのよ、飲んでみてくださいね)

と供える気持ちを、仏様は私達が思ってる以上に優しく受け取ってくださいます


一本のお線香と一杯のお水を備える気持ちがどんなに大切なことか、

それが供養の原点です


仏様になってしまったのだからもう何もしなくていいという考えは仏様を全然わからない人が言う言葉です

日常生活のなかで困難な場面に出くわした時こそ、日々の仏様への供養が役立つのです

はじめまして






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